傍に居るなら、どうか返事を


「アンタを部屋に上げる日が来ようとは…ね。」
 響也の呟きに、成歩堂が苦笑するのが見えた。何がそんなに可笑しい事があるのかと、響也は呆れる。
 兄の事務所に近いのは成歩堂のアパートで。取りあえず其処にも寄ったのだ。けれども、狭いアパートの狭い室内は物で溢れかえっていた。
 畳で言えば、一帖分の空きスペースがあるかないかで、大人の男がふたりで膝をつき合わせて座る場所程しかない。お客さんが来るとわかっていれば、もう少し片付けたんだけどと笑う男を一瞥し、響也は自宅へ招き入れたのだ。
 寝室へ行くか、シャワーでも浴びるのかと聞くつもりだった響也に、成歩堂は至極真面目な顔で問い掛ける。

「ちょっと、聞きたいんだけど。」
「…何…?」
「君、下でいいのかな?」

 …。

 これはどう考えても、これから行われるであろう行為に対する確認に違いない。響也は、ふうんと呟いて成歩堂の正面に向き直る。
 普通に向かい合えば、高身長なのは響也の方だ。成歩堂と視線を合わせると少しだけ下を向く事になる。そうして、彼の黒い瞳を覗き込めば、真剣に問うている事だけは、知れた。
「僕がアンタを抱きたいって言ったら、そうさせてくれるの?」
 響也にとって、この質問はごく自然な成り行きだった。しかし、成歩堂は額にダラダラと汗を流しながら、眉間に何本も皺を寄せて視線を彷徨わせつつ唸る。
「き、君がどうしてもって言うのなら。」
「…。」
 どう見ても、喜んで…という表情ではない。此処までの成り行きから考えるに、黙っていれば響也が受け入れる側に回った事は間違いないだろう。なのに、額に脂汗を滲ませながら、敢えて自分が窮地に陥る質問をしてくる成歩堂の意図は、響也にはわからなかった。
「じゃあ、どうしても。」
 そう言えば、大袈裟な程、成歩堂の肩が揺れた。余りの事に、響也は思いきり吹き出し爆笑する。
「響也くん…?」
 恐る恐ると言った様子で、声を掛けてくる男が可笑しくて、響也は笑いが止まらない。
「嫌なら、嫌だって言えばいいじゃないか。なんで、そんな事言い出すの。」
「…嫌だとか言えないよ。君を有無を問わずに抱いた事には間違いはないから。だけど、もう、君の意志を無視してまで自分の快楽を追求したいとは思わないし、するつもりもない。」
 そう告げて、成歩堂はふっと口元に笑みを浮かべた。呆気にとられている響也を抱き寄せる。
「だから、響也くんが僕を欲しいのなら、それで良いよ。」
 こうして密着していれば、成歩堂の心臓が恐ろしい程早いのがわかる。いままで、受け入れた経験がないのか、それとも響也との行為に緊張しているのか。
 常に飄々として、動じないように見えた男の素直な行動は、彼自身の上昇している体温と相俟って、響也には酷く暖かく感じた。
「確かに、アンタが欲しいけど。今日は甘やかしてあげるよ。」
 響也はそう告げて、成歩堂を誘うように瞼を落とした。



「あ、なるほ…ど…。」

 緩やかな動きに、響也が切なげに声を上げる。熱のこもった細い呟きが絡みついた指から、髪の毛に、そして成歩堂の神経の隅々にまで欲望を呼び起こす。
 促されるように口唇を這わせて、敏感に反応する箇所を強く吸い、歯を立てる。答えるように震える身体に、もう何度したかわからない愛撫を指先で施した。身悶える身体に合わせ、シーツが衣擦れの音を立てる。
 堪えようとして、堪えきれずに上げる声は、成歩堂をいっそう駆り立ててくれた。
「っあ…ぁ」
 濡れた声に、微かに笑いながら、柔な肌を強く吸い上げ、そこに紅い刻印を残した。

 一度は味わったはずのものだったが、記憶としては留めてはいない。
 ただ、感覚として夢見心地なまでに、気持ちが良かった事しか成歩堂の中にはなかったはずなのに、こうして響也の肌に触れる度に、確かにあの時腕に抱いていたのは彼だったのだと、奇妙なほどに確信出来た。
 壊れ物に触れるように優しくと響也は言っていたが、それは当然だったはずだ。欲しくて欲しくて堪らなかった。寧ろ、あの頃は、霧人に響也を重ねていたと言っても嘘にはならないだろう。
 
 今だって、熱に犯されるまま成歩堂に縋り、頼り、与えられる愛撫に素直に応えて、己の全てを預けている響也を愛おしく思わない訳がない。それに彼は自分の意志で、確かに自分を求め、受け入れてくれているのだ。
 甘えさせてくれると言ってくれた言葉の通り、成歩堂は記憶を辿るように彼を堪能した。若くて敏感な響也の身体は、微かな動きでもきつく成歩堂を追い詰め、屹立させてしまう。
 頂点に達した精はもう何度も、成歩堂の体内から外に吐き出されていた。
それでも、響也を離したくなくて、腰を手前にぐ、っと引き寄せる。上下動との繰り返しのタイミングで、より一層深い部分をえぐられて、響也が小さく悲鳴をあげて硬直する。
  
「ゃ…ぁっ、もう!」

 覚えのある身体の震えに、成歩堂はぐっと上り詰めようとしていたそれを掴んだ。
ひっと息を飲んで、響也が目を開ける。
「あっっ……やっ…なんで…」
 放出を押しとどめられ、その辛さに透き通った涙は大きな粒の形を崩し、上気した頬を伝い落ちている。
「……そ、んな意地悪やめて…よ。」
 きつく眉を寄せて、顔を歪めている。流れ落ちる涙は止まらない。
 抱きたいと成歩堂を脅かした自分に対してのお仕置きなのかと、そう告げる響也に成歩堂は慌てて首を横に振った。
「ご、ごめん。…意地悪なんか、じゃなくて、その…。」
「な…に?」
 怒ってはいないようだけれど、股間で押しとどめられた熱に耐えている身体はびくびくと不規則に揺れ動いていた。罪悪感と同時に脳裏を覆っていく欲に、しかし今は委ねたいと成歩堂は思う。
「…一緒に、いきたくて…。」
「一緒………に…?」
 快楽に霞んだ頭では、上手く言葉を判断する事ができないのだろう。譫言のように、呟く響也に、許しを請う如く接吻を落とす。
「そう、一緒にいって、響也くん。」

  言葉とともに、ぐっと身体を押し進めた。

「っあぁ…っ!」
 時間をかけて、ゆっくりと己を半ばまで引きだし、また同じだけの時間をかけて、ゆっくりと肉の刃をねじり込ませていく。
 達せられないもどかしさと、突き上げられる衝撃に、響也は苦しげに下半身をねじる。しかし、成歩堂は白濁しつつある思考の中でも逃がさない。
「まだ、まだ我慢して…っ!」
 悲鳴のように続く自分の名を耳元に感じて、成歩堂は自分の限界と共に、締め上げていた指先を開放して組み敷いていた身体を抱き締めた。
 縋り付くように背中に回された指が震える。身体の内と外と、灼けるような熱さを感じながら、成歩堂は最後の甘い疼きを堪能した。


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